【私の指導哲学】陸上競技部 吉岡利貢コーチ 「科学を駆使し、考えて強くなれる選手に」

環太平洋大学陸上競技部スタッフ陣のバックグラウンドや、指導方針を紹介する企画「私の指導哲学」。今回登場していただくのは中長距離ブロックの吉岡利貢コーチです。「科学で強くなる」をモットーとする環太平洋大学において、スポーツ科学センターの設立に尽力。その設備を最大限に活用し、日本のトップ選手の育成に成功しています。しかし重視しているのは競技力だけでなく、強くなるためのプロセス。課題を把握し、解決策を自分で考え、理解したうえで強くなれる選手になって欲しいと語ります。

IPU・環太平洋大学 陸上競技部 吉岡利貢コーチ

筑波大学大学院博士課程単位取得退学、博士(体育科学)。中・長距離ランナーの体力・トレーニングに関する研究を専門とし、自身の研究成果も活用して800m日本記録保持者をはじめ、全国大会優勝者・入賞者を輩出。駅伝でも毎年チームを全国大会に導いている。日本陸上競技連盟オリンピック強化コーチ/強化育成部コーチ(ともに中距離)、陸上競技マガジン『スキルアップ講座』連載(2018年~現在)。

目次

エビデンスのある効果的なトレーニングで
日本トップクラスの指導実績を誇る

ー「どうすればもっと速く走れるんだろうか」

高校時代に抱いたこの疑問が吉岡利貢コーチの研究者、そして指導者としての原点だ。中学時代に自分よりタイムの遅かった選手が高校生になると、どんどん自分を抜いていく。当時の吉岡コーチは故障を抱えながら練習を重ねていたが、タイムが伸びないことに悩んでいた。

吉岡コーチ 高校生の時は本当にケガばかりでしたが、痛くても無理して走っていました。そんな状態で練習してもいいことはないことはないですし、正しい方法でトレーニングできていなかったことも間違いありません。しかしその当時の私はどんな状況でもひたすら頑張ってしまう性格で、必死でした。

静岡大学教育学部、そして筑波大学大学院に進み、博士課程まで進んだ。長距離ランナーが自転車でのトレーニングを行うことの有効性にたどり着き、競技力の高い選手がどのような筋を使っているかの研究で成果を収めている。しかし大学院でどんなに研究を進めても、速くなるための方法への興味は尽きなかった。

指導方針を変え、エビデンスのあるトレーニングへと振り切る

そんな吉岡コーチが環太平洋大学にきたのは2012年のこと。当時、日本選手権1500mで入賞している選手がいたことに加え、吉岡コーチ自身が長く研究中心の生活を送り、競技の現場から離れていたため、それまで行われていたメニューを中心にして指導を開始した。そこから一定の成果を出し続けたが、コーチの中ではずっと消化不良の思いがあった。

吉岡コーチ 行っていたトレーニングが自分の中で確信が持てるものではなかったからです。また測定や神経系のトレーニングの重要性を頭では理解していましたが、それを選手たちになかなか落とし込むことができないこともあり、指導力の至らなさを感じていました。

2015年の冬、思い切って指導方針を変えた。伝統的なトレーニングに固執することなく、研究で効果のあるメソッドを中心にメニューを組むことにしたのである。それまで冬季の間にしか行ってこなかったプライオメトリックトレーニングも通年で行うようになったのもこの時からだ。

吉岡コーチ 私自身がもしトップレベルの競技経験があれば、なかなかこうした方針転換には踏み切れなかったでしょう。しかし幸か不幸か、私にはそうしたものがなく、純粋にエビデンスのあるトレーニングへと振り切ることができました。

時をほぼ前後して、中距離種目を強化する方向性も明確に打ち出した。長距離種目では関東の大学が優位にあり、日本のトップを目指すのが現実的でなかったことと、スピード強化が長距離種目の競技力向上に貢献することも研究実績から明らかだったためである。

体育学部で運動生理学やトレーニング論を教える吉岡コーチ。陸上競技部でも選手たちに講義を行う。

そこから環太平洋大学の躍進が始まる。2019年の日本学生個人選手権で3名が入賞すると、日本インカレ男子1500mでは3名が決勝進出。2021年には800mで日本タイ記録、さらに2022年には1000mでU20日本新記録も樹立した。今や吉岡コーチが中距離種目において日本トップレベルの指導者であることを疑う者はいない。

2019年の日本インカレには中井啓太選手、千原康大選手、平岡錬選手の3名が決勝に進出した。

2021年のホクレンディスタンスチャレンジ千歳大会。1500mで中井啓太選手(左)が28年ぶりの中四国学生新記録、800mで源裕貴選手(中央)が日本タイ記録をマークした。右は、1500mの元大学記録保持者・監物稔浩選手(NTT西日本)。

1000mでU20日本新記録をマークした前田陽向選手。来シーズンは800mでの日本記録更新を目指している。

プロセス重視の4年間を送り、
なぜ速く走れるのを理解して欲しい

吉岡コーチが科学的なトレーニングを行うにあたっての基本は測定にある。2019年に設立されたスポーツ科学センターの施設を使い、バネや持久力の重要な指標である最大酸素摂取量、さらには股関節周辺の筋力などを測定し、選手の強みと課題を可視化。それをトレーニングメニューに反映していく。

吉岡コーチ 自分の体を正しく知り、適切に強みを伸ばし、課題を克服しけば競技力は劇的に向上していきます。これらの体内の変化や特性は、周りから見るだけでは分かりません。この測定についてはどこよりもしっかりやっている自負があります。

ランニングエコノミー、最大酸素摂取量の測定風景。指導者、教員、大学院志望の選手たちが測定を担当し、吉岡コーチを支えている。

こうしたデータは選手たちのモチベーションを大きく刺激すると同時に、目標設定やチーム内での競争も活性化させる。環太平洋大学では1500mで10秒以上、800mで5秒以上の自己ベスト更新を目指す選手も珍しくない。それは過去の先輩たちでそうした飛躍の事例を多く見ているためだ。

吉岡コーチ 加えて競技力に関係なく、チーム内でリスペクトできる関係が生まれます。持ちタイムが低くても、秀でた測定データのある選手は潜在能力が高い証拠であり、その重要性を周りが理解しているからです。日本トップを争う選手でも、そこまでのレベルでなくても、互いに尊重しながら夢を語れる環境がここにはあります。

2022年の日本選手権1500mで9位に入った片山直人選手(広島県立広島皆実高等学校出身)。
大学で1500mの記録を17秒も短縮し、国内トップクラスの中距離選手の仲間入りを果たした。卒業後は名門・山陽特殊製鋼で競技を続ける。

トレーニングメニューも多様だ。1週間のプログラムの中には、ウェイトトレーニング、プライオメトリックトレーニング、動き作りのドリルはもちろん、低酸素環境や坂道、バイクなどを各選手の課題に応じて活用するなど、速く走るために様々な手法を用いている。

吉岡コーチ 走る以外の練習に割く時間が長いのが私たちのチームの特徴です。これまで、日本人ランナーのスピード練習は「いかに速く走るか」にとどまっていました。しかし、走るだけでスプリントを磨くには限界があるので、これ以上スピードに対応できないと感じた時には、距離を伸ばすしかありませんでした。速く走るためのトレーニング手段を多く持てば、走るだけでは到達できない領域までスピードを高めることができます。このことは中距離種目のレベルアップにはもちろんのこと、長距離種目にも必ず活きてきます。

多様なトレーニングに取り組む行う選手たち。

今、環太平洋大学では中距離と長距離の垣根なく、メニューによって互いに行き来しながら、練習を行っている。中距離種目で世界を目指すと同時に、長距離、駅伝で関東勢と互角以上の勝負することもチームとして大きな目標だ。

2022年の出雲駅伝では過去最高の13位。1区の谷末は関東勢にも先着した。

ここまで見てきたように、結果を出すために科学を駆使し、効果的なトレーニングを追求しているのが吉岡コーチの指導の特徴だ。だが結果を出すことと同じくらい重要なのが、プロセスをしっかり組み立て、なぜ速くなるのかを選手自身が理解すること。たとえ失敗してもそのプロセスに意味があると感じられる「知的なアスリートを育成したい」と考えている。

吉岡コーチ 環太平洋大学は国際色豊かな大学ですので、今後は留学生を多く受け入れ、多国籍なチームを目指します。ここで競技を行い、他の国の代表選手になる学生がいても面白いと思うからです。そうした世界を身近に感じる環境の中で刺激を受け、多くの選手がそれぞれの目標に向かって成長して欲しいと思っていますし、日本から世界で戦う選手の育成にも引き続き取り組みます。

日本国内だけでなく、海外、世界で活躍する選手を育てたい。そのためにももっと速く走れるようになるトレーニング方法を追求したい。吉岡コーチが少年時代に抱いた思いは今も心に宿り、そしてその夢は今もなお広がり続けている。

環太平洋大学中長距離ブロックを引っ張る選手たち(2022年日本選手権・U20日本選手権)。

私の指導哲学シリーズ

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