環太平洋大学陸上競技部スタッフ陣のバックグラウンドや、指導方針を紹介する企画、「私の指導哲学」。今回は男子短距離ブロックの梶谷亮輔コーチにご登場いただきます。環太平洋大学OBということもあり、選手にとっては感覚の近い身近な指導者です。その近い距離感を生かし、科学的なトレーニングを選手がモチベーション高く取めるよう、コミュニケーションを重視しながら、日々奮闘しています。
IPU・環太平洋大学 陸上競技部 梶谷 亮輔コーチ
筑波大学大学院三年制博士課程修了、博士(コーチング学)。スプリントやジャンプなどを中心に陸上競技の研究活動を行なっている。IPU短距離ブロックでコーチ活動を行う前には、大学陸上競技部混成ブロックのコーチアシスタントを務め、日本選手権やグランプリ入賞に貢献した。
選手との距離感覚の近さが、環太平洋大学らしさ
梶谷コーチは、2014年3月に環太平洋大学を卒業。筑波大学大学院で学び、博士課程の途中の2018年に講師として母校に戻ってきた。その翌年から正式に陸上部のコーチとして指導を開始している。
梶谷コーチ 私たちの学生時代と比べて、選手の数は3倍、4倍と膨れ上がっていますので、当時のチームとはまったくの別物と考えています。ただ人数が増えても練習では皆で集合し、皆で頑張る空気は変わらず残っていて、“環太平洋大学らしいな”と嬉しく感じました。
ー 選手との距離感の近さが環太平洋大学のスタイル
大学卒業にあたり当時の前村公彦前監督(現筑波大コーチ)の勧めで大学院進学を決めたが、はじめは指導者になるつもりはなかったという。“いつかは母校で指導をして欲しい”と周囲に言われ続けてはいたが、それも自身では現実味がなく、“陸上競技を深く知ることが楽しい”という純粋な気持ちをモチベーションに学び続けた。しかし博士課程でコーチング学を専攻し、研究を進めるにつれ、「教員になるのであれば、やはり指導をしたい」との思いが芽生えた。
梶谷コーチ 筑波大学の大学院時代、ジャンプの研究をしていましたが同時に陸上部の混成ブロックのアシスタントコーチをしていました。そこでコーチングの面白さに魅せられ、どんどん意識が向いていったのです。
環太平洋大学での指導を開始するにあたり、学生との年齢の近さゆえに、距離感に悩んだというが、周りが考える暇を与えなかった。「選手との距離感の近さが環太平洋大学のスタイル」という自身も経験した大学の風土の中、選手に近い位置で日々のコーチングを行っている。
コミュニケーションを重視
チーム全員が成功体験を得られるように
ー科学と指導現場での実践の融合を目指して
男子短距離ブロックを任された2019年当初は、指導方法に迷いもあった。大学院で研究してきた経験から「スポーツ科学に基づくトレーニングをしたい」という信念を持つ一方で、「スプリンターは走り込むべき」という風潮も無視できず、コーチングの方針を模索する日々が続いた。解決のヒントは品田直宏監督の「ただ走るだけでなく、動き作りやジャンプトレーニングを徹底しよう」というアドバイス。その言葉に背中を押され、自分自身が研究してきたことを選手に落とし込んでいく覚悟ができた。
梶谷コーチ ただ科学がすべてではありません。どんなにいいトレーニングも選手のモチベーションが低ければ、効果が生まれないからです。選手がスポーツ科学を学ぶ意識を持ち、理解したうえで取り組むことが何より重要です。それには“科学的にエビデンスのあるトレーニングだから”と押し付けるのではなく、選手の状態や表情を見て、コミュニケーションを取りながら、メニューを考え、与えるようにしています。
スポーツ科学の正解が常に最適解ではない。アンケートフォームを使って、選手に疲労度やコンディションを聞きだし、またグラウンドに出てからも選手の表情を見ながら、練習メニューも臨機応変に変えていく。コーチングの基本はコミュニケーションであり、選手に合わせていくスタイルを取る。自身が薫陶を受けた前村前監督、そして今チームを率いる品田監督の指導を参考にしながら、科学と指導現場での実践の融合を目指している。
ー自由な練習時間をコミュニケーションの情報を集める時間として重要視
環太平洋大学短距離陣の特徴は先に挙げた通り、動き作りやジャンプトレーニングを多く入れ、走行距離が少ないところにある。それが競技力向上につながるのはもちろんのこと、故障予防、ひいては走る楽しさを得るためには、苦しみながらやみ雲に走るのは得策ではないと考えているためだ。
梶谷コーチ うちの良さは向上心の強い選手が多いところ。練習もすべてこちらでコントロールするのではなく、週に1日は自由な時間を与えています。スプリンターはやりたいことがたくさんあるものですし、自分なりの試行錯誤をすることで発見があり、成長にもつながります。
この自由練習の日はアドバイスを求めてきた選手に声をかけるのみ。それ以外は選手がどんな練習に取り組んでいるかを見るだけに留めている。ただそこから選手の特性や、何を課題に感じているかが見えるため、コミュニケーションの情報を集める時間として重要視している。この取り組みを始めた2022年以降、自己ベストを更新する選手が続出していることもあり、今後も継続していくつもりだ。
ートップレベルの選手だけでなく、部員全員が成功体験を得られるように
すでに個人やリレーで学生トップを狙える逸材が揃う今の男子短距離陣だが、活動のベースは陸上競技を楽しむことにある。
梶谷コーチ 私自身も経験していますが100mで10秒台を出すことはスプリンターにとっては非常に嬉しい経験ですので、そこを目指す選手もサポートしていきたいと考えています。トップレベルの選手だけでなく、部員全員が成功体験を得られること。いつか指導している全員が1年後に自己ベストを更新しているようなチームが理想です。
そのためにも日々、選手に近い距離で寄り添い、ともに喜び合える関係を築いている。